不安の発生要因について

1 信頼

私達を危険に晒す国家や公共機関等に信用がおけなければ、危険の感じ方は高くなります。
昨今では、政府の発表は、国民の信頼を得られといるとは言えません。
バラエティー番組等で、怪しい持論を展開する専門家が、政府や研究者の発表より大きな信頼を得ているのは、かなり問題があると感じます。

2 危険と利益の調和

危険を冒す事に対して、利益が何か有れば、人間はその危険を事実よりも低めに感じます。
利益がゼロ、若しくはボンヤリしていれば、人間はその危険を考慮して行動に移す事はほとんどありません。

3 自分に関係しているか

自分、自分の関係者に危険が及ぶ可能性が感じられる場合、その不安認識は急激に高くなります。他国の内戦で30万人の方が亡くなったという報道は、重要ですが、あまり大衆の関心を引きません。しかし、他国で、治療方法が確立していない感染症が発生し、50人が亡くなった場合、多数の人が報道に耳を傾けるでしょう。
直ぐに内戦に巻き込まれる可能性は相当低いですが、感染症は拡大・拡散し、自分がかかる可能性があるからです。

4 意識と関心

報道の大きさによって、危険を強く感じるということもあります。
例えば、飛行機に怖くて乗れない人は多数いますが、航空機事故で亡くなる方は、全世界で年間1000人程です。それに対し、自動車での交通事故で亡くなる方は日本のみで、年間5000人、自殺者は年間30000人です。そのため、空港までの車の運転に気を配る事がよほど合理的です。

5 子供の関与

自分の子供に関することは、危険を過剰に感じます。例えば、子供が遠出する時には、距離、期間が実際は大したことがなくても、親にとっては大変心配です。当然の心理ですが、これは真の危険判断を狂わせる原因にもなります。

6 選択可能性

自分で選択した危険は、他人に与えられた危険より、低く感じます。不本意なリストラで無職になるより、自らの意志によって判断し退職する事が正しいと感じる人間は多いかと考えます。

7 制御可能性

自分が管理・制御できる危険は、大きく感じませんが、一切管理・制御不能の危険は、非常に大きく感じます。電磁波・電波・自然は災害・人災と捉えられ怖がられる事がありますが、それはこの項目にあてはまります。

8 恐怖心

通り魔やストーカーに遭う確率は、統計化し平均値で割ると極めて低いですが、その悪質さから、人は交通事故より、これらに危険、恐怖を強く感じます。

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